オゾン層保護国際協定である「モントリオール議定書」が採択されて30年という節目を先月2017年9月16日に迎えました。前年の2016年6月30日にMIT(マサチューセッツ工科大学)・NCAR(アメリカ大気研究センター)・University of Leeds(リーズ大学)らの共同研究チームが、大気中の塩素は減少傾向にあるものの2015年に南極オゾンホールが記録的な大きさに達した主原因は2015年4月22日の南米チリ南部のカルブコ火山の大噴火によるもので人為的な増加では無いとする「南極オゾンホールが回復に向かう兆候を観察」したというニュース¹を発表して以来、「モントリオール議定書」が効果を発揮して南極オゾンホールは修復傾向にあるという印象操作が世界的に成されているように感じます。
しかし、我々はオゾンホールの修復傾向を語るにはまだ早計だと考えています。何故なら新たな脅威も指摘されているからです。NASAゴダード宇宙飛行センターのSusan Strahan氏も「面積が小さくオゾンの総量が多いオゾンホールは、予測される塩素の減少に起因する修復の証拠では無い」と指摘しています²。オゾンホールという現象は、1950年代に始まった地上ベースの気象データを使って最初に発見されました。1980年代半ばに英国南極調査チームの科学者達は10月のオゾン全量が減少していることを発見。それ以降、世界中の科学者達は毎年9月-10月に南極でオゾンホールを観測してきました。1970年代中頃には冷蔵庫の冷媒、電子部品の洗浄剤等として使用されていた「CFC(クロロフルオロカーボン)」、消火剤の「ハロン」等が大気中に放出され成層圏に達すると紫外線による光分解によって「塩素原子」等を放出しこれが分解触媒となってオゾン層が破壊されているメカニズム及び、オゾン層の破壊に伴い地上に到達する有害なUV太陽紫外線量が増加して「人体被害(白内障などの眼病・皮膚がんの発生率増加など)」、「自然生態系被害(穀物の収穫の減少、プランクトンの減少による魚介類の減少など)」といった悪影響に気づきました。
このようなオゾン層破壊のメカニズム及びその悪影響が国際的に議論され、1985年3月22日にオゾン層の保護を目的とする国際協力のための基本的枠組を設定「オゾン層の保護のためのウィーン条約」が、1987年9月16日に同条約の下でオゾン層を破壊する恐れのある物質を特定し、当該物質の生産・消費及び貿易を規制してヒトの健康及び環境を保護するための「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択され今日に至ります。「モントリオール議定書」は、1)先進国だけでなく途上国も含めた規制を実施していること、2)途上国が規制の実施に対応できるように先進国の拠出による「多数国間基金」など途上国支援の仕組みがあること、3)オゾン層破壊物質は高い温室効果を有するためこれらを削減することは地球温暖化防止にも繋がることなどの理由で世界で最も成功している環境条約と言われています³。
確かに「モントリオール議定書」の採択がなければ、地球のオゾン層は2050年までに枯渇し、破滅的な結果を生んだとする研究報告があります。その世界では、真夏のワシントンD.C.やロサンゼルスでのUVインデックスが2070年までに最低でも30(環境省『紫外線環境保健マニュアル2015』ではUVI8〜11で日中の外出を出来るだけ控えることが推奨されています。今夏、沖縄県で過去最高のUVI14を我々は観測しました。)に達し、「文字通り5分で皮膚がただれるような火傷を負い、想像を絶する暑さで、荒れた天候の世界には、誰も住みたくもなければ、孫に残したいとも思わないものです」とアメリカ大気研究センター(NCAR)の科学者、Garcia, Roland R.氏は語っています。又、アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)は、「モントリオール議定書」がなければ世界の皮膚がんの発生は2億8000万件増加し、関連する死者は150万人増え、白内障は4500万件増加しただろうと推定しています。そして、オゾン層破壊物質は、二酸化炭素より数千倍強力な超・温室効果ガスでもあるため、気候変動は今よりずっと悪化しており21世紀半ばにはハリケーンやサイクロンの強さが3倍になっていたであろうとする研究報告もあります。
「モントリオール議定書」は非常に良く機能し地球を救ってくれています。しかし、一方で採択で見落とした脅威が差し迫っているのです。「溶媒」・「ペイントリムーバー」・「医薬品の製造に一般的に使用されている化学物質「ジクロロメタン(別名: 塩化メチレン/CH2Cl2)」の産業排出量が2004年から2014年にかけて約2倍(2000年と2012年の間にCH2Cl2の低高度濃度は平均して年間約8%上昇)になり、新たなオゾン層破壊化学物質として大きな脅威になっていることが研究者によって発見されました⁴。The University of Melbourne(メルボルン大学)の環境科学者Robyn Schofield氏はこの研究結果に強い危機感を示しています。このCH2Cl2の排出量は約100万トン/年と推測されており、2016年の南極オゾンホールの約3%がCH2Cl2による悪影響を受けている可能性が示唆されています。2010年はこのCH2Cl2によるオゾン喪失が1.5%であったと推測されるため、CH2Cl2上昇がオゾンホールの修復を大幅に遅らせてしまう、又は加速してしまう可能性は否めません。又、中国の深刻な大気汚染や世界各地で発生する異常気象が今後、成層圏オゾンにどのような影響を及ぼすか予断を許さない状態にあり、南極オゾンホールの修復はまだまだ道半ばであることを我々はよく理解してより一層、持続可能な社会に貢献すべきであると考えます。
1. MIT News (2015). - Scientists observe first signs of healing in the Antarctic ozone layer
http://news.mit.edu/2016/signs-healing-antarctic-ozone-layer-0630
2. Susan Strahan - Goddard Earth Science and Technology Center, NASA Goddard Space Flight Center
https://earthscience.arc.nasa.gov/person/Susan_Strahan
3. 経済産業省「オゾン層破壊物質の規制に関する国際枠組み(ウィーン条約・モントリオール議定書)」
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/ozone/law_ozone_outline.html
4. Sid Perkins(2017). - New threat to ozone layer found, from American Association for the Advancement of Science.
http://www.sciencemag.org/news/2017/06/new-threat-ozone-layer-found
コメント
コメントを投稿